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散歩は愉し
 ある雨の日のことである。私は飼い犬を連れて散歩していた。ラブラドールだ。その途中、変な男に会った。
 地獄の三丁目へようこそ、と彼は言った。私はわけも分からず、困惑。彼、止まらずに話し続けて、まるでマシンガンのよう、これが噂に聞くマシンガントークか、などと感心していたら、彼、放心。そしてばったりと倒れた。嬉しそうに近寄って顔を舐める我が飼い犬は馬鹿丸出しだが、割と愛嬌あり。彼はどうやら眠っているだけのようだ、吐息がしてるもの。前髪は雨に濡れ、行く筋も黒い線。不ぞろいな線。
 「大丈夫ですか」と、明らかに大丈夫でない相手に問う。私も馬鹿か?まあそんなところも無きにしも非ず。これが社交辞令。これがノーマル。アブノーマルは、時々でよい、と私は思う。だからそれっきりで彼には触れず、歩を進める。

 もう少し進むと、さらに変な女の人がやってきた。
 彼女は色っぽい目つきで私を誘惑。短すぎるスカートにスリットあり、で誘惑の準備は万端だ。肉欲的な眼差し。雨も手伝って、より密室的な雰囲気。危ないな。

 しかし彼女は私には目もくれず、飼い犬に話しかける。「ねえ、今晩暇?」
 「ワン」
 「そう、残念ね」といって彼女も去っていく。肩透かしをくらってしまった。ぎゃふん。

 まだまだ散歩は続く。
- | 20:48 | comments(9) | trackbacks(134)
いぬのはなし その後
 賑わうクリスマスを横目に、渋谷から山の手に乗ってやり切れない気持ちを抱えながら原宿、代々木を通過して新宿へ。歌舞伎町はいつでもネオンで飾られていて空虚だけど、その分入り込む隙間があるのだと錯覚できるからホストに貢ぎ、キャバ嬢に貢ぐ人間が現存している。誰でも受け入れる振りして誰も受け入れない歌舞伎町のくせに。


 
 コマ劇場、ラブホテル通り、バッティングセンターを抜け、ルンペンが集まる公園へ。夜になるとルンペンを公園から締め出すために新宿区は公園を封鎖する。ルンペンは壁を乗り越える。新宿区は見ない振りをする。ルンペン対策は完璧との見解です。



 ルンペン数人は公園内でキャンプファイアーをしていた。メリークリスマスを浮かれるのでもなく、斜に構えて飲んだくれているのでもなく、ただ火を囲んでいた。俺は暖かそうだなあと遠目からじっと見てて、それを一人のルンペンが目に留めて、しっしっとやる。それでも無視して見てやるとルンペンが近寄ってきて、なんで見てると聞きおるから、アンタらが暖かそうだから見ておったと言うと、入れと言いおる。入った。歩くルンペン。ルンペンの後に付いていく俺。に一言、家があるからって暖かいわけじゃねんだよな、とルンペンが言いおる。俺、無言。



 誰も俺を見やしねえし、招き入れたルンペンは紹介もしねえ。居心地悪いなあオイ。どないすんねん。座ってタバコ喫みながらルンペンの出方を伺い、ルンペンは無言。ただ酒をちびりちびりとあおってはげっぷしてあくびするだけ。帰りてえ。



 ひげもじゃのルンペンがキャンプファイアーの近くのラジカセをガチャリガチャリいじりってラジオをつけると中島みゆきの『時代』が流れた。


 
 そんな時代もあったねと

 いつか話せる日が来るわ

 あんな時代もあったねと

 きっと笑って話せるわ

 だから今日はくよくよしないで

 今日の風に吹かれましょう


 ルンペンが歌い始めた。降り始めた雨がアスファルトに付ける足跡に似てぽつり、ぽつりとしたものだったが、サビを前にして全員の声が揃った。


 まわるまわるよ 時代はまわる

 別れと出会いを繰り返し

 今日は倒れた旅人たちも

 生まれ変わって歩き出すよ

 今日は倒れた旅人たちも

 生まれ変わって歩き出すよ


 楽しそうなルンペン、悲しそうなルンペン、大声で歌うルンペン、無言のルンペンといろいろいた。同じ歌を歌っても考えることはそれぞれだ。どいつもこいつも過去を想い涙を流していた。俺だけ流す涙も想う過去もないから帰った。俺なんかがいていい場所じゃない。まだ何かに挑戦してもいないし、成功してもいない。中途半端な失敗なら山ほどあるけど、そんなもんゴミの山であって意味はない。失敗に意味を見出せるのは、失敗を糧に成功した者だけだ。何事かを成し遂げなくてはいけないという強迫観念めいたものから解放されるのがいつになるかわからないけれど、どうも収まりが悪い人生にそろそろおさらばしたい。

- | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0)
思案するシアンはルナール〜中編〜
 お久しぶりにお会いしましたね、こんにちは、ルナアルです。実はあれから何度か、飼い主さんの隙を見てお話をもう一度始めてみようと思ったのですが、お話したいことが有る時に限って飼い主さんはご在宅で、やきもきしながらチャンスを窺っていると勘違いされて散歩に連れて行かれ、帰ってくるともうスッキリしてしまっていて、その日は眠ってしまうことが多かったのです。まあスッキリしていなくても、飼い主さんが隙を見せてくれなかったりしますしね。
 そんなこんなでお話には随分と間があいてしまいましたが、しっかりと思案は続けておりました。そして今日、待ち焦がれた開放のその好機にめぐり合えたという次第です。

 実はこの一ヶ月ほどの間に、少々事件らしいことも起こりました。ですから、今日はまずそのことからお話して行こうと思います。

 まず、一つ目は、まーくんが怪我をしたことです。

 事件が起きたのは三週間ほど前の、ある晴れた日でした。まだ暖かいと形容するに相応しい太陽が、飼い主さんにも僕にもまーくんにも、そして勿論あのアメリカンショートヘアーの子にも等しく微笑みを投げかける春の日でした。
 まーくんはいつものように、隣の家の縁側で寝そべって寛いでいました。まるで猫みたいでした。そこへやってきたのがカラスのサブヤンです。この二人、いつもこしょこしょ話してはくすくす笑ってばかりいるのです。僕は決して二人とも嫌いじゃないけれど、この行為だけはあまり好きになれません。何故だか僕のほうがぷりぷりしてきてしまうのです。因みに、サブヤンの本当の名はもっとうんと長いらしいのですが、彼は異国の生まれらしく、うまく言葉が通じないので僕が聞き取った彼の名前に因んでつけたニックネームがサブヤンなのです。
 サブヤンが二言三言まーくんに言葉を投げると、まーくんがそれにごにょごにょ答えます。暫しの問答の後、サブヤンは来たのと反対の方向へ飛ぼうとしました。しかし、なんとまーくんはサブヤンの体をぐぅっと掴みました。一方サブヤンもその気の様子。さてはこの二人、フライト計画を練っていたのだと僕がわかったのも束の間、二人は飛翔。

 飛んだ…


 …落ちた

 マー君が怪我をしたのはこういった経緯からなのです。


 一昨日の夜、飼い主さんはたいへん酔っ払って帰ってきました。いつもの匂いとは違ったので、ウィスキーだけでないことは確かなのですが、僕にはそこまでしかわかりません。ただ、変わったお酒を飲んだ飼い主さんは、やっぱりちょっと、いつもとは変わっていました。
- | 05:41 | comments(0) | trackbacks(6)
いぬのはなし 199×年
 初めて付き合った彼女はすっごいデブ専で、俺ときたら身長170cmで 体重59キロの中肉中背の面白みの無い身体だったわけなんだけどさ、今考えるとなんで俺と付き合ったんだなんて考えなくもない。

 ま、告白したのは確かに俺からなんだけど、あれは完璧に仕向けられていたし さ、だって、終電ないから家に泊めてと来て、寝るのは俺の隣で、わざわざベッ ドを空けて床で寝た俺のファックなチキンぶりが無駄な努力じゃん。ざわざわざわざわ。
童貞だった俺はそりゃあもう、ああ困ったわ、なんてしなを作るのに精一杯で目の前を見るとおっぱいがあったりして、意味不明なシチュエーションというわけで、その女とファックした。付き合った。大体終電もなにもその女、中野在住やん。隣駅やん。歩けるやん。なんてオチもあったりして本当にビッチでそんなところがジョジョ風に言えばズギューンだった。

 付き合う女はこいつしかいないと確信を持って言えるのは初恋のときだけ、とは断言しないけど、世界が狭くてその分の密度の濃い感情だった。ま、結局はイビツな関係に過ぎなかったかな。スタートしたのはいいのだけどさ、やっぱり慣れてないし、気は利かないし、情熱は空回りして、とにかく不慣れな恋愛関係で俺、馬鹿ばっかりやっては彼女をがっかりさせちゃったりしてて、あせる気持ちはあった。彼女は笑わなくなったし。逢う回数も減ってるし。このままじゃイカンのですよ実際。シット。

 で、初めて彼女と迎えたクリスマス。の日に振られた。他に好きな人が出来たとポツリと言って泣き出した彼女の前で泣いたら負けだと思って、俺じゃ駄目なのかと聞いて、やっぱり駄目で、そんなの判ってたけど、もう一回聞いた。俺じゃ、駄目か。泣き声が嗚咽に変わったときに、駄目なんだね、と切り出したのは俺だった。駄目なんだ。俺じゃ。でもやっぱりもう一度言った。俺こんなに好きだよ。彼女は、私も好きだよ、といういのだけど、それを聞いて俺の身体が弾けるのだけど、彼女は、好きなだけじゃ駄目なんだよ、と言って会話を打ち切った。

 『好きな人』がどんなやつかはわからないけど、きっとデブだ。太ったやつに決まってる。たまたま寂しかった彼女がファックな気まぐれで俺にふらりと近づいて去っていっただけだったんだ。去ればいい。去るもの追わずだ。冬でも汗かきのデブに死ぬほど暖めてもらえばいい。そいつの方がきっと暖かい。

 帰りに3000円のケーキを買った。ケーキなんて友達の誕生会でしか食べなかったけど、無性にケーキが食べたかった。ケーキが俺の一部になって俺が暖かくなればいいのに。そのあとに2人で食べるはずだったケーキを食べて少しは太ったかな、暖かくなったかな、って思った。でも身体はガタガタ震えてるし、汗もかかない。デブとは大違いだ。自分はガタガタ震えてただ涙を流すことしかできない。彼女を暖めることはできない。ジーザス。これじゃ振られて当然だ。

 そんなこんなで俺の初恋はジングルベルのゴングで終了したのだけど、そんな思い出のせいでクリスマスは何だか好きになれないし、その日だけは特にケーキを食べたくない。と思ってたんだけど、ふとしたきっかけで彼女にあってつい最近に。ファックな展開。別にファックしてはいないけど。喫茶店に入っておしゃべりした時に、今好きな人いるのかって聞いたら100キロオーバーのデブと一緒に写ってる写メを見せてくれた。
暖かい人なの、と付け加えて。



 俺もいつか暖かい人になれるかな。またクリスマスにケーキを食べれるようになって、暖かい人になれるかな。あの頃と何も変わってない気がするけど。でもあの頃の気持ちを持ったまま変われるなら、ひょっとしたら出来るかもしれない。少し怖いけど、出来るかもしれない。



その彼女に一つ言うなら、メリークリスマスと言いたい。

- | 00:52 | comments(0) | trackbacks(0)
おじい様 〜弁明〜
 はじめまして、ワタクシは闇です。特に新月の真夜中に多く含まれている闇です。このように皆様にお話しするのは初めてですので、ワタクシ、些か緊張しております。それゆえ、多少堅苦しい言い回しが含まれても、或いは逆に幼すぎる描写が見えても、是非皆様には感じて欲しいのです。ワタクシを。

 今日、皆様のお耳に入れておきたい事は、他でもないワタクシの、いわば懺悔のような類の話なのです。まあお聞きくださいな。

 皆様、「闇に乗じて」とよく仰いますでしょ?あれ、実は全てがメタファーではないのです。多くの方は、人間の行為を闇が見えにくくする、くらいにしか捉えていらっしゃらないのでしょうが、もともとはワタクシのおじい様の悪ふざけに端を発する言い回しなのです。

 そうそう、言い忘れておりましたが、ワタクシのおじい様も「闇」でした。少々わかりにくいのですが、ワタクシたちは「闇」は襲名をしているのです。ですから常に一つの「闇」が存在する一方で、それは不変ではないのです。

 さて、で、「闇に乗じる」ことについてのお話です。それを説明する事は、つまりワタクシ「闇」の役割をしっかりと把握していただくことになります。多くの方はワタクシを唯のベールだか、或いは精々一寸濃い目のベールくらいにしか感じていらっしゃらないでしょう。つまり、共通される認識は被せるもの、との認識でしょう。
 しかし、ワタクシの名誉にかけて言いましょう。それは誤りです。ワタクシは、いま皆様の目の前にあるディスプレイと同じく存在しております。是非皆様に陥らないで欲しいのは、物質的という見地です。その見方は、今後我々を認識する際に全く必要でないどころか、その存在自体をあたかも無いものかのように振るまわさせる、まさにベールであるからなのです。

 お喋り過ぎましたね。申し訳ない。
 ただ、折角ですので、ワタクシがそこに目くじらをたてる意味がおそらくあるのだろう、くらいには感じていただけますか?有難うございます。


 手短に言いますと、ワタクシが皆様を覆っているのではありません。皆様をはじめとする、森羅万象がワタクシに被さるベールとなり、まさにワタクシの上に「乗って」いるのです。それゆえ皆様は初めてワタクシに触れる事が可能となるのです。

 即ち、本来ワタクシと皆様が接触する事は、ワタクシの純粋な表出を意味しておりました。しかしそこで面白い悪ふざけをはじめてしまったのが、ワタクシのおじい様にあたる、先代の「闇」でございます。
 おじい様は、全てを把握できることに飽き飽きしてしまったようで、どうにかして把握できない部分をつくり、其処にエネルギーを費やし、それによって愉しみを見出そうとお考えになられました。その結果、至った結論が、考える主体としての他者の創造でありました。

 もう既にお察しの方もいらっしゃるとは思いますが、これは非常に危ない思い付きでした。しかし、おそらくおじい様は愉しみと自らの存在とを天秤にかけたというだけの事なのでしょう。ワタクシも、おそらく、同じことを繰り返したと思います。勿論、ワタクシはその結果をしっているがゆえにそう思い切った事をいえるのかもしれませんが。


 そんなわけで、皆様にはご迷惑をおかけしおりますが、何卒ご了承ください。でも、満更捨てたものでもないでしょう?
- | 04:51 | comments(0) | trackbacks(0)
いぬのはなし 200×年
汚いものに憧れる。などとアウトロー気取るつもりは毛頭ないが、やたらと小奇麗になる都市を目の当たりにするにつけ妙な違和感を感じる今日この頃。わが町高円寺もその例に漏れず、駅ビル建設を中心とする再開発計画を着々と進行させている。

 駅に入ったオシャレなパン屋、レンガ作りに舗装された道路、昔からあったかばん屋はさっぱりとしたハウスマヌカンの経営するブランドショップに様変わり。
深夜に半裸で喧嘩しても、駅前広場で『ルパン三星』を大音量で演奏してもスルーしてくれた警察も、道で放屁した刹那に逮捕と叫びそうな小奇麗ファシズム。

 酔っ払いながら夜の高円寺をふらふらしてると、北口駅前広場で男が叫んでいる場面を目撃。面白そうなのでふらりふらりと接近して、近くのベンチに座り煙草に火をつけ携帯メールを打ちながら、実際は耳年増。なにいっとんねん、あいつらはと。

 別に男の独りで叫んでいるワケではなくて、女を向こうに演説をぶっている。


 男:だから、なんでわかってくんないんだよ!こんなに好きなのに!俺を見てくれよ!

 女:………

 男:何とか言えよ!

 女:………ごめん………

 男:…………
 

 うわ修羅場。最高。素敵な暇つぶしと酔い醒ましを発見したようだ。にんまりしていると、男はさらにエスカレート。


 男:ずっと好きだって言ってくれただろ!?あれは嘘だったのかよ!?

 女:…………本当にごめん……

 男:……俺たちもうダメなのかな?

 女:………(泣き始める)……

 男:俺、お前のことが好きだよ。もう一回やり直そうよ。

 女:……

 
 まるであの「マドレーヌ」のように、俺の心の奥底に眠る失われた時を呼び起こすセリフだった。

 好きなだけじゃダメなんだよ

 好きなだけじゃダメなんだよ

 あの時言われたセリフだった。好きなだけで全てが許されると思っていたあの頃の俺が、初めて恋愛の現実にぶつかった時に遭遇した言葉。
 
 あれから年と重ねて行きつ戻りつ大人の階段を昇ってきたけど、それなりに恋愛をして好きなだけじゃダメだ、なんてことも分かってしまったけど、
 それでも、俺は呟いてしまった。


 『好きなだけじゃダメなのかよ』


 もう一度言ってみた。


『好きなだけじゃダメなのかよ』



 気がついたときには遅くて、男も女もこっちを見ている。ポカンとして。俺とその崩壊寸前のカップルはしばし見つめあい、その合間の時間を電車(おそらく終電)が通過する、がたんごがたんごという音が埋めて、女が会話にふたをした。


 ダメなんです。


 ダメですか。ダメなんですか。そうですか。こんな見ず知らずの男に向かって、ダメなんです、なんて言わなくてもいいでしょ。そりゃ聞いたのは俺だよ。けど、ダメですって…

泥酔の俺はいじけて、納得できなくて、今度は女に問いかけた。

 『好きなだけじゃダメなのかよ』


 女は気の毒そうに俺を見て、次に男を見て、立ち上がって駅とは反対側に向かって歩き出した。
 あ、と男も立ち上がり女を追いかけた。と、後ろを振り向いて、酔っ払い!と叫んだ。

 あいつ振られたかなあ。なんとかいけそうな気がするのだけど。と、考えるのも夢見がちなだけかな。

やっぱり、好きなだけじゃダメなのかな?

また、好きなだけじゃダメだと言われてしまうのかな。
- | 00:34 | comments(0) | trackbacks(0)
思案するシアンはルナール〜前編〜
 えっと、僕の名前はルナアルといいます。でも犬です。名前の由来は、僕の飼い主さんがフランス文学贔屓だったからなんです。だったら「にんじん」とか、或いは可愛くして「キャロ」とかでも良いんじゃないの、と飼い主さんの彼女もいっていたのだけど、それは動物に対する冒涜だとか適当な理由をつけてその案は却下されてしまいました。ただ、週末によくカレーを彼女さんがつくりに来てくれるときの残飯の具合からすると、どうやら飼い主さんは単ににんじんが嫌いだったんじゃないかと僕は思っています。

 で、とにかく僕の名前はルナアルといいます。

 今日、こんな形で皆さんとお話しできるようになるとは全然思っていなかったし、こんな幸運がいつまでも続くとも思えないから、言いたいことを出来るだけ分かりやすく、コミュニケーションとして完成させられるようにがんばるつもりです。人の目を盗んで、僕がいまパソコンに向かっているのをお隣のまーくんにでも見つかったら、大変です。一大事です。僕は当分自宅謹慎になってしまうでしょう。散歩も自粛しなければ行けないかもしれません。あ、因みにまーくんは5歳です。ヨークシャーです。

 で、ですね。僕がいま悩んでいるのは、恋をしているかららしいのです。相手の名前は分かりません。アメリカンショートヘアーです。左の耳が若干大きめで、先っぽが軽く垂れているのがチャーミングです。生命の薄い色をしたコンクリート塀を魅惑的に綱渡りするのですが、渡りきると、きまって肩幅に広げた後ろ足の間に前足を揃え、顔を斜め前に持ち上げ、にゃあと言って真っ白な歯を見せます。それから…

 あ、

 iTunesを起動してしまいました。
 …左利きの風来坊の曲が流れてきます。

 ……いいなあ、これ。わくわくしてきます。

 話がそれてしまいました。ごめんなさい。


 で、彼女とどうにかしてお近づきになりたい、と思うんですよ。偶然を装って見るのがいいのですかね?掲示板に書き込みでもしてみましょうか…。アドバイスしてほしいです。


 今日と明日は飼い主さんはデートで遅くなるまで一人で居られるから、じっくり考えてみます。あ、いや、決して飼い主さんと遊ぶのがいやなんじゃないですよ、ただ、たまには思案したいのです。犬ですから。
- | 14:33 | comments(0) | trackbacks(0)
また心が壊れる時
 授業でたまたま一緒になっただけの人がなぜか隣りにいる。狭いベッドで背中越しに伝わってくる他人の感覚が息苦しい。

 この人の熱烈なアプローチに、冷静な返事を返し続けてきたけど、彼が泣きながら幸せにするよ、と暑苦しく酒臭い吐息を振りまいて、新宿コマ劇場前の広場で絶叫した時に、私は鼻水垂れているよ、と言うつもりが、じゃあ、いいよ、と言ってしまって。
 でも、彼はポカンとして、急いで鼻水を袖で拭いたから、あれ、私、今、なんて言ったっけ?って思って、考えちゃったけど、彼は日本語を話す犬を前にした九官鳥みたいな顔してたから、鼻水垂れているよ、と言ったら、彼は本当?と言って私を抱きしめて幸せにするから、と叫んだ。やっぱり息苦しい。

 その日から一日にメールが10数件きて、私は自分の携帯が忙しく震えているのを横目に部屋でぼんやりしてた。それか寝てた。やっぱり恋人同士になってしまったのだ、と思う。

 週末は一緒に出かける。お決まりのデートスポットに行ったり、映画観たり、買い物したり、ご飯食べたり、彼の家に行って一緒に寝た。そんなある日のことだった。

 デートの待ち合わせに20分遅れてきた彼が、お前のことがわからないと言った。唐突すぎて何を言ったいるのかわからないから、黙って彼の顔を見ていると、何か喋れよ、と彼は言う。
 それでも、何も喋ることなんてないから黙っていると、彼は鼻先で笑って、お前はいつもそうだ、何も言わない、メールも返信しない、デートもいつも俺が誘うし、俺が連絡取らなかったらお前からは連絡してこない。本当は俺のことなんか好きじゃないんだろ?何とか言ってみろよ。
 やっぱり私は何を言ったらいいかわからないから、黙った。もういい、と彼はどっかに言ってしまった。めんどくさい。息苦しい。

 それから2週間後。大学からの帰り道、彼が家の前にいた。彼は私を見ると目を伏せて、左足を地面にぐりぐりと擦りつけた。
 どうしたの?と私が訊くと、彼は何でそんなに平気なんだ?俺がどんな思いでこの2週間を過ごしたと思っているんだ?お前から連絡が来るのをずっと待ってたんだよ。何でメールしてくんないんだよ?お前俺のことが好きじゃないんだろ?はっきり言ってくれよ。
 と、絶叫する彼の顔からやっぱり鼻水が垂れてて、こういうときは言わない方がいいのかな、と考えたけど、こういうことははっきり言ってあげたほうがいい気もしたから、鼻水垂れているよ、と言うと、それは本当か?もうダメなのか?と訊いてきた。私は、もう一回、鼻水が垂れてるよ。と言うと、彼は泣いてますます鼻水が垂れて、顔が冷凍庫に3時間入れられた4匹のブルドッグのうち運よく生きていたやつみたいになってた。もう、ダメなんだな。彼は帰っていった。
 私の胸はやっぱり息苦しくて、でも、なんでそんな気持ちなのかはわからなくて、鼻水が垂れているよと小さく呟いてみると、………………と聞こえた。
- | 12:06 | comments(0) | trackbacks(0)
一瞬と半永久と永久と
 ホームでいつも見かける人が居た。

 私はいつも帰りが遅いのだけど、彼は向かいのホームのプラスチックの青い椅子に座っていて、人が少ない分やさしくなれる気がするこの時間を生きる特典でも得たかのように嬉しそうにしていて、首からぶら下げた古めかしいカメラを大事そうに膝の上に置いては触れ、触れては置いている。
 服は流石にずっと同じものではないけれど、被っているベージュのチューリップハットとカメラと目の隠れた笑顔はいつも変わず其処に在る。あ、でも比較的、昔流行っていたというベルボトムを穿いていたようにも思う。

 彼を意識し始めたのは3日前だった。彼が私を撮ったのだ。いや、これだけだと誤解を生むだろうな。誤解はしないで欲しい。彼はちゃんと私に許可を求めたのだ。ちょっと変わっていたけれど(これは多分褒め言葉になってくれるんじゃないかと、内心少し期待している)。

 私がホームに下りると既に彼はいつもの位置に居た。今日もベルボトムだった。目があった気がした。気のせいかと思っていたら本当に目が合った。彼は会釈する。私もぎこちなくそれに答える。さりげなく見渡すが、ずっと先のほうの自動販売機の傍に若いカップルが居るだけで、私たちを見つめる目は無いように思えた。次の瞬間、彼はカメラを片手に持つともう片方の手でそのカメラと私とを交互に指差した。そして疑問の仕種。
 思わず自分を指差してしまう。わたし?厭な気はしなかったけれど、純粋な神秘が私を包んでいた。彼はもう一度その動作を繰り返す。ゆっくり、ゆっくりと。まるで忘れ物をしないように自分に問いているかのように。

 私はもう一度周りを見回してから、ゆっくり頷いた。

 彼は帽子と口と頬とで笑い、「どうぞ」とでも言うかのように右手を紳士的に動かした。ふと自分の居る方のホームを見やると、彼の手の先にあるのは彼が座っていたのと同じ、5つ続きの青い椅子だった。
 私は少し迷いながらも真ん中の席に腰を下ろした。ハンドバックは膝の上。目線は…と考えて彼のほうを見たらちょうどシャッターがきられた。

 ウィーン。

 ポラロイドカメラだ。

 彼が深々と丁寧にお辞儀をするやいなや、ものすごいスピードで電車がやってきた。おかしいな。この時間はもう各駅停車だけのはずなのに。あれじゃまるでジェットコースターだ。
 横からの闖入者が過ぎ去った後、彼はもう居なかった。おかしい。

 衝動に突き動かされ、架かる連絡通路を通って彼のホームへ行ってみた。

 案の定、ポラロイドで撮られた私の写真があった。
 裏に油性マジックで「ありがと」と書いてあった。

 そういえば、彼には以前何処かで出会ったことがあったような気もする。
 また思い出したら、話してあげるわね。
 
- | 22:33 | comments(2) | trackbacks(0)
重荷
 流れる景色を見ながら白昼夢に耽る昼下がり。電車の中に人はまばら。席は空いているけど座らない。

 空に漂う雲が流れているのか、自分が流れているのか、そんなことを考えながら淡々と電車は私を運ぶ。この電車に乗っていればどこかに行ける。どこかに。

 目に飛び込んできたのは高校学校の看板。個性を尊重した教育を謳う。次に、大学の看板。そこそこ知名度のある大学が自分の有する学部の数を誇るように並べ立てる。そして、会社の広告。CMで放送されたこともある有名企業。

 外の景色が変わった。ゆっくりと流れていた景色が急に早送りになる。ジェットコースターのようなスピードで駅をすっ飛ばしていく。いつから自分は、各駅停車から快速電車に乗り換えてしまったのだろうか?

 止まらない電車は私をどこかに連れて行く。でもどこに連れて行くのか。電車は止まってくれない。降りれない。

 時計を見ると17時過ぎ。外は暗くなり始めている。黄昏時に煌々と赤い看板が目に入る。病院だ。薬品の匂い、薄暗いタイル張りの廊下、コツコツと音を立てて歩く看護婦。そんなイメージがチラつく。

 突然停車を知らせるアナウンスが流れる。どうやら終着駅らしい。名前は『火葬場前』。
 まだ、18時にもなってないのに、もう終わってしまう。これから何かが始まるはずなのに。始まるはずだったのに。

 
- | 11:27 | comments(0) | trackbacks(0)