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また心が壊れる時
 授業でたまたま一緒になっただけの人がなぜか隣りにいる。狭いベッドで背中越しに伝わってくる他人の感覚が息苦しい。

 この人の熱烈なアプローチに、冷静な返事を返し続けてきたけど、彼が泣きながら幸せにするよ、と暑苦しく酒臭い吐息を振りまいて、新宿コマ劇場前の広場で絶叫した時に、私は鼻水垂れているよ、と言うつもりが、じゃあ、いいよ、と言ってしまって。
 でも、彼はポカンとして、急いで鼻水を袖で拭いたから、あれ、私、今、なんて言ったっけ?って思って、考えちゃったけど、彼は日本語を話す犬を前にした九官鳥みたいな顔してたから、鼻水垂れているよ、と言ったら、彼は本当?と言って私を抱きしめて幸せにするから、と叫んだ。やっぱり息苦しい。

 その日から一日にメールが10数件きて、私は自分の携帯が忙しく震えているのを横目に部屋でぼんやりしてた。それか寝てた。やっぱり恋人同士になってしまったのだ、と思う。

 週末は一緒に出かける。お決まりのデートスポットに行ったり、映画観たり、買い物したり、ご飯食べたり、彼の家に行って一緒に寝た。そんなある日のことだった。

 デートの待ち合わせに20分遅れてきた彼が、お前のことがわからないと言った。唐突すぎて何を言ったいるのかわからないから、黙って彼の顔を見ていると、何か喋れよ、と彼は言う。
 それでも、何も喋ることなんてないから黙っていると、彼は鼻先で笑って、お前はいつもそうだ、何も言わない、メールも返信しない、デートもいつも俺が誘うし、俺が連絡取らなかったらお前からは連絡してこない。本当は俺のことなんか好きじゃないんだろ?何とか言ってみろよ。
 やっぱり私は何を言ったらいいかわからないから、黙った。もういい、と彼はどっかに言ってしまった。めんどくさい。息苦しい。

 それから2週間後。大学からの帰り道、彼が家の前にいた。彼は私を見ると目を伏せて、左足を地面にぐりぐりと擦りつけた。
 どうしたの?と私が訊くと、彼は何でそんなに平気なんだ?俺がどんな思いでこの2週間を過ごしたと思っているんだ?お前から連絡が来るのをずっと待ってたんだよ。何でメールしてくんないんだよ?お前俺のことが好きじゃないんだろ?はっきり言ってくれよ。
 と、絶叫する彼の顔からやっぱり鼻水が垂れてて、こういうときは言わない方がいいのかな、と考えたけど、こういうことははっきり言ってあげたほうがいい気もしたから、鼻水垂れているよ、と言うと、それは本当か?もうダメなのか?と訊いてきた。私は、もう一回、鼻水が垂れてるよ。と言うと、彼は泣いてますます鼻水が垂れて、顔が冷凍庫に3時間入れられた4匹のブルドッグのうち運よく生きていたやつみたいになってた。もう、ダメなんだな。彼は帰っていった。
 私の胸はやっぱり息苦しくて、でも、なんでそんな気持ちなのかはわからなくて、鼻水が垂れているよと小さく呟いてみると、………………と聞こえた。
- | 12:06 | comments(0) | trackbacks(0)
一瞬と半永久と永久と
 ホームでいつも見かける人が居た。

 私はいつも帰りが遅いのだけど、彼は向かいのホームのプラスチックの青い椅子に座っていて、人が少ない分やさしくなれる気がするこの時間を生きる特典でも得たかのように嬉しそうにしていて、首からぶら下げた古めかしいカメラを大事そうに膝の上に置いては触れ、触れては置いている。
 服は流石にずっと同じものではないけれど、被っているベージュのチューリップハットとカメラと目の隠れた笑顔はいつも変わず其処に在る。あ、でも比較的、昔流行っていたというベルボトムを穿いていたようにも思う。

 彼を意識し始めたのは3日前だった。彼が私を撮ったのだ。いや、これだけだと誤解を生むだろうな。誤解はしないで欲しい。彼はちゃんと私に許可を求めたのだ。ちょっと変わっていたけれど(これは多分褒め言葉になってくれるんじゃないかと、内心少し期待している)。

 私がホームに下りると既に彼はいつもの位置に居た。今日もベルボトムだった。目があった気がした。気のせいかと思っていたら本当に目が合った。彼は会釈する。私もぎこちなくそれに答える。さりげなく見渡すが、ずっと先のほうの自動販売機の傍に若いカップルが居るだけで、私たちを見つめる目は無いように思えた。次の瞬間、彼はカメラを片手に持つともう片方の手でそのカメラと私とを交互に指差した。そして疑問の仕種。
 思わず自分を指差してしまう。わたし?厭な気はしなかったけれど、純粋な神秘が私を包んでいた。彼はもう一度その動作を繰り返す。ゆっくり、ゆっくりと。まるで忘れ物をしないように自分に問いているかのように。

 私はもう一度周りを見回してから、ゆっくり頷いた。

 彼は帽子と口と頬とで笑い、「どうぞ」とでも言うかのように右手を紳士的に動かした。ふと自分の居る方のホームを見やると、彼の手の先にあるのは彼が座っていたのと同じ、5つ続きの青い椅子だった。
 私は少し迷いながらも真ん中の席に腰を下ろした。ハンドバックは膝の上。目線は…と考えて彼のほうを見たらちょうどシャッターがきられた。

 ウィーン。

 ポラロイドカメラだ。

 彼が深々と丁寧にお辞儀をするやいなや、ものすごいスピードで電車がやってきた。おかしいな。この時間はもう各駅停車だけのはずなのに。あれじゃまるでジェットコースターだ。
 横からの闖入者が過ぎ去った後、彼はもう居なかった。おかしい。

 衝動に突き動かされ、架かる連絡通路を通って彼のホームへ行ってみた。

 案の定、ポラロイドで撮られた私の写真があった。
 裏に油性マジックで「ありがと」と書いてあった。

 そういえば、彼には以前何処かで出会ったことがあったような気もする。
 また思い出したら、話してあげるわね。
 
- | 22:33 | comments(2) | trackbacks(0)
重荷
 流れる景色を見ながら白昼夢に耽る昼下がり。電車の中に人はまばら。席は空いているけど座らない。

 空に漂う雲が流れているのか、自分が流れているのか、そんなことを考えながら淡々と電車は私を運ぶ。この電車に乗っていればどこかに行ける。どこかに。

 目に飛び込んできたのは高校学校の看板。個性を尊重した教育を謳う。次に、大学の看板。そこそこ知名度のある大学が自分の有する学部の数を誇るように並べ立てる。そして、会社の広告。CMで放送されたこともある有名企業。

 外の景色が変わった。ゆっくりと流れていた景色が急に早送りになる。ジェットコースターのようなスピードで駅をすっ飛ばしていく。いつから自分は、各駅停車から快速電車に乗り換えてしまったのだろうか?

 止まらない電車は私をどこかに連れて行く。でもどこに連れて行くのか。電車は止まってくれない。降りれない。

 時計を見ると17時過ぎ。外は暗くなり始めている。黄昏時に煌々と赤い看板が目に入る。病院だ。薬品の匂い、薄暗いタイル張りの廊下、コツコツと音を立てて歩く看護婦。そんなイメージがチラつく。

 突然停車を知らせるアナウンスが流れる。どうやら終着駅らしい。名前は『火葬場前』。
 まだ、18時にもなってないのに、もう終わってしまう。これから何かが始まるはずなのに。始まるはずだったのに。

 
- | 11:27 | comments(0) | trackbacks(0)
ヘリコプター
 折角きみふさ君の話が出たことだし、彼が旅したときの話をひとつしてあげるね。

 彼はあのギアナ高地へ行ったのだけど、そこで彼は一人の少年に出会ったんだ。少年の名前は彼もよく覚えていなかったんだけど、円らな瞳と健康的な黒い髪がとても印象的だと僕に話してくれた。
 きみふさ君はある山に登ろうとしていたんだけど、多くの観光客がするようにヘリコプターで山頂まで行くのは絶対にいやだと思っていた。確かにその山頂にあるというロボットみたいな変わった形の石も魅力的であったけれど、彼はそこまでの道のりを。もうどうしようもないくらいに楽しみにしていたんだからね、当然といえば当然だ。だからガイドとして、いつも荷物を運ぶその少年を紹介してもらったんだ。
 15歳くらいに見えたその少年は10歳だといった。彼は背中に大きな籠を背負っていた。自分の荷物のためじゃない、温室育ちの観光客の荷物を効率的に背負うためだ(その写真をお見せできないのが残念だよ)。でも勿論きみふさ君は自分で持つといった。少年は不思議そうな顔をしたけど、そのあとで10歳の少年が見せるほっとした表情で微笑み返したんだって。
 途中で植物が彼方此方に乱れ咲いていたから、知りたがり屋のきみふさ君は沢山の質問をしたんだって。でもその少年はあまり興味がないような雰囲気で答えたんだって。というのもね、その植物は最近生えてきたものなんだって。聞いた話だと、観光客の服や靴にくっついてきた種が撒き散らされ、観光客の排泄物が十分すぎる栄養を与えた結果らしい。だから少年は観光客たちがここに住むつもりなんだとずっと思っていたんだって。そこまで興味を持っているのに誰も住もうとしないのは不思議なことだと言っていたんだってさ。そうじゃなきゃこんなに当たり前の風景を見にやってくる意味が分からないと、ちょっと皮肉っぽく言われたと、きみふさ君は感慨深く話してくれたよ。

 山頂に着いたときの気分は格別だったと彼は言っていたね。彼らが上っている間に、2つのヘリコプターに追い越されたんだけど、ちょうど彼らがついたときに降りてくるヘリコプターが在って、彼らは思わず顔を見合わせて悪戯っぽくこみ上げる笑いに身を任せたんだ。彼曰く、「勝った気がした」らしいよ。まったく、彼らしくて微笑ましい限りだよ。

 ま、その後彼らは来た道を10時間かけて下りたんだけどね。
- | 15:26 | comments(0) | trackbacks(0)
誰も知らない
 生まれてすぐに、この子は可愛いと言われた。だから、自分は可愛い子なのだと思っていた。

 次の日には、この子は可愛くはないけど、元気な子と言われた。だから、自分は元気な子だと思っていた。

 またその次の日には、この子は可愛くも元気でもないけど、頭のいい子だと言われた。だから、自分は頭のいい子だと思っていた。

 
 あくる日、お前は馬鹿だと言われた。馬鹿だ馬鹿だ。お前は馬鹿だ。結局自分は馬鹿なんだと思った。だから、自分は馬鹿になっていた。

 
- | 14:05 | comments(0) | trackbacks(0)
リアリティ
 きみふさ君は、テレビが大好きだ。もっと正確に言うと、彼はテレビに現れるヒーローと呼ばれる人々に興味がある。特に彼がいま最も興味があるのは、そのヒーローたちの過ごす日常生活についてであり、彼はいま懸命にそれについての妄想をめぐらせているところである。
 一週間のうち、厳選され抽出された30分を彼はブラウン管越しに享受することができるわけだが、残りの167時間と30分にヒーローたちが存在しないとは彼は考えられない。彼に降り注ぐのとまったく同じくヒーローたちにもその167時間と30分は降り注いでいるはずだ、というのが彼の言い分だという。

 因みに、お母さんはその167時間と30分は存在しないのよ、と彼を諭した。いや、諭そうとしていた。それをきいた彼は少し考えてから「でも、それじゃ、お洋服をたくさん持っていなくてもいいし、お風呂で髪を洗うのも少なくていいかもしれないけど、でも、やっぱりちょっとかわいそうだと思うよ、僕」といったきりだった。
 まったく存在しないこと、空白。しかし彼はまだその概念を上手に理解できなかったので、僕はその前段階として彼にグレーという概念を教えてあげようと思った。
 僕に言わせるなら、彼はいままさに、初めてマイナスという概念を算数に導入したような感覚なのだろう。存在するところを大前提として具体的な話ばかりをしてきたせいで、本来備わっていた柔軟性が少しその役割を忘れかけていたのだと思われる。だから彼は非常に上手に細かく細かく分解することができる一方で、ひっくり返せることを信じられずにいた。僕らの瞳は上下さかさまに世界を映し出しているという事実にもかかわらずに(これも忘れかけられたことだ)。

 今、彼はそのテレビを見ているところだ。コマーシャルメッセージの間にコップに並々とオレンジジュースをついで、駆け足で戻り、二人がけのソファーを独り占めしている。
 そうこうしていると、ニュース速報で地震情報が流れた。震源地は少し遠いようだったが、震度は結構大きかったように記憶している。しかし、きっとその情報は彼にとっては疎ましい不純物でしかないと思っていたのだがどうやらそうでもないらしい。不安そうにして、窓から死角を覗こうとするようにしてテレビに近づいて、隅から隅までを舐めるようにして見つめている。どうしたの、と僕が聞いてみようか迷っていると、彼はポツリと言った。

「今日はずいぶん遠くまで行っているみたいだね」

 彼にとって、これ以上現実的なものはないのだ。
- | 02:31 | comments(0) | trackbacks(0)
その日の爆発
 何気ない朝に何気ない人間が目を覚ます。

 なんて気色悪い出来事かと思う。それを日常というのなら、そんなものはいらない。


 とノートの切れ端に書いたのはとうに昔の話で、そんな自分も日常を享受して生きている。日常の中の小さな変化を必死に見つけて、「今日」という日にスペシャルを見出そうとする。
 「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」とはよく言ったものだ。変わらないものは無い。何事も常に変化し続けている。そして、自分の日常も変化している、のか。

 朝のテレビを何気なく見ていると、アナウンサーがしんみりした顔で視聴者に告げる。

 昨夜未明、北東上幼稚園で思わぬ闖入者が発見されました。見つけたのは、幼稚園に遅くまで残っていた当直の先生でした。夜中に給食室で物音がするので近づいてみると、暗闇からチンパンジーが襲い掛かってきたというのです。それをなんとかかわし、30分にわたる格闘の末、捕獲に成功して警察に連絡、イタズラのチンパンジーは御用となりました。

 
 その日は会社を休んで動物園に行った。動物園にはチンパンジーがいて、それなりの日常を過ごしていた。彼らの日常を謳歌していた。

 昨日捕まったチンパンジーは、一体何を思い日常の壁を突き破ったのだろう。自分にもそんな日がくるのだろうか。

 そんなことを考えていると、サル山のチンパンジーを目が合った。無表情なチンパンジーは僕などまるで見てないかのようだった。しかし、次の瞬間、鼻で笑った。チンパンジーは僕を見下したのだ。そこから。そこから。そこから。



 そこから覚えてないんです。本当です。信じてください。僕はなにもしてないんです。僕じゃないんです。

 目の前にいる動物園の警備の男に必死に訴えるが、男は聞く耳を持たないといった様子で警察に連絡している。きっと会社にも連絡される。こうして自分の日常が崩れていくのか。
 
 なんて気色の悪い出来事なんだろう。夢なら覚めてくれ。
 

 
- | 00:16 | comments(0) | trackbacks(0)